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第9回 坪庭は小さな大自然

  • 最終更新日:2015-04-24

第9回 坪庭は小さな大自然

石灯籠、蹲踞(つくばい)、白砂、飛び石、苔、笹竹。ほの暗い京都の町家の中にあって、そこだけ切り取られたように明るい坪庭は、都市の住まいのオアシスです。坪庭に表現された日本人の自然観を探ります。

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京都にでかけました。静かな通りをぶらぶらしていたら、韓国を中心としたアジアの家具と雑貨の店を見つけました。町家をほぼそのまま生かしたつくりで、商品をどかせばすぐに住めそうです。座敷には、李朝の箪笥や脚付の膳、白磁の壷などが品よく置かれ、だれかの家に招かれたような雰囲気でした。そしてその座敷に面して、坪庭があったのです。白砂に飛び石、水をたたえた蹲踞(つくばい)と石灯籠、苔と数本の笹竹。ほの暗い店の中でそこだけが明るく、眺めているだけで心がしんとし、時のたつのも忘れました。

壷・局・坪。坪庭のルーツはどこ?

「坪庭」という言葉のルーツは、平安時代の寝殿造りにあります。寝殿造りは建物が渡り廊下でつながれており、建物と建物の間に空間が生まれます。ここを「壷」と呼ぶようになり、のちに「局」「坪」の字も当てるようになりました。ただし、この壷は四百~五百坪はあり、今の坪庭とはスケールが違います。『源氏物語』に「桐壺」や「藤壺」の巻がありますが、これらは壷に桐や藤を植えたことに由来する女官たちの住まいの呼び名です。

鎌倉・室町時代になると、寺院建築にも同じような空間が発生し、坪庭には禅宗の自然観を表現した枯山水が誕生しました。石や砂利を用いて仏典の教義や大洋、深山幽谷などを象徴として作庭したのです。
では、京都の町家にあるような庶民の坪庭は、どこから生まれてきたのでしょうか。

茶の湯文化のエッセンスをデザイン

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京町家の坪庭には、茶の湯の影響が色濃く表れています。
桃山時代に生まれた「わび茶」が理想とする茶室は、街の喧騒の中にありながら、山里を思わせる自然を備え、わび茶に没頭できる空間でした。初期の茶室は、四畳半の茶座敷の前に植物を植えた「面(おもて)坪ノ内」が、側面には茶座敷への導入部である「脇ノ坪ノ内」がついていました。どちらの坪ノ内も独立して閉じた空間でした。

時を経て茶室の形態が変化すると、このふたつの坪ノ内が融合し、露地と呼ばれる茶庭になりました。露地は、世俗から離れ、非日常の茶の湯の世界(茶室)に入る前に、心の準備をする場でした。そしてそこには、茶の湯に必要な石灯籠や蹲踞(つくばい)などが配置されたのです。蹲踞は口をすすいだり手を洗うための水鉢で、しゃがんで使います。姿勢を低くして謙虚になり、身と心を清めるのです。後方に石灯籠が据えてあることがよくありますが、これは夜の茶会の時、火を灯して蹲踞を照らすためのものでした。

さて、町家に坪庭が発生したのは、わび茶の誕生と同じ桃山時代です。京都の町家は間口が狭く奥に長い「うなぎの寝床」で、採光と通風のために坪庭が必要だったのです。実用でありながら観賞用でもある町家の坪庭には特定の様式はなく、主人の好きに作りました。そして、それにはおのずと同時代の茶の湯文化のエッセンスが反映されたのです。

坪庭の小宇宙

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そんなわけで、町家の坪庭に、露地の装置であった石灯籠や蹲踞が置かれているのでしょう。坪庭には家の主人の美意識や教養が表れますから、職人もこれに応えて技術やセンスを磨き、坪庭はどんどん洗練されてゆきました。

町家の坪庭は、都市の暮らしのオアシスです。目にするたび、よどんだ気分がさわやかになります。また、「小宇宙」という言葉がありますが、小さな坪庭を眺めていると、そこに広大無辺の自然を感じます。ちょうど、盆栽を眺めていて、小さな木に大木をイメージするのと同じようなものでしょうか。盆栽の根元に小さなフィギュア(人形)を置いて楽しむ「マン盆栽」というのがありますが、これを見ていると、いつのまにか乗り移ったようにフィギュアの目で世界を眺めている自分に気づきます。盆栽の世界を出たり入ったり、想像力は変幻自在です。そして、坪庭にもそんなイマジネーションの遊びがあるような気がします。日常に身を置きながら、非日常に遊ぶことができるのです。

ところで、英文学者の中尾真理さんが面白いことを言っています。通り庭や農家の中庭なら通ったり歩いたりしたことはあるけれど、坪庭に下りて遊んだ記憶がない、と。言われてみればそのとおりで、坪庭に下りて蹲踞で手を洗う人はいません。坪庭は眺めるものです。中尾さんは、坪庭は床の間みたいに実用とは別の次元の象徴的な空間であるとも言いいます。

日常の暮らしの中に瞑想を誘う空間があるなんていいなあ……。坪庭のおかげで、ついついお店に長居してしまいました。お店の方、何も買わなくてすみませんでした。(終)

【参考文献】

『新坪庭考・すまいの小さな自然』(INAX出版刊)

『INAX ALBUM35日本庭園入門・建屋と庭園のかかわり』(稲次敏郎著・INAX出版刊)

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