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第5回、表札と日本人の家意識

  • 最終更新日:2015-04-24

第5回、表札と日本人の家意識

よくよく見ると、表札には多種多様なスタイルがあることに気づきます。そして「この家には誰それが住んでいますよ」という単なる目印ではなく、家意識や住まい観まで表現していることがわかってきます。

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散歩はその気になればいつでもできるりっぱな“レジャー”です。目的もなくぶらつくだけで新しい発見があって興味はつきませんが、テーマをもって散歩するのも面白いもの。そこである日、いつもは何気なくながめていた表札をウオッチングしてみました。

それにしても表札って、バラエティに富んでいますね。木、石、陶器、金属、プラスチックと、材質や大きさもいろいろ。書体だって漢字・ひらがな・ローマ字・楷書・行書・草書など実にさまざまです。もっと詳しく見ていくと、どんなことが読み取れるでしょうか。

表札のいろいろ

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姓だけのものあれば、戸主のフルネームのみ、あるいは家族全員の名前を書いたものまで。りっぱな構えのお宅ほど姓だけ記された表札が多く見受けられ、威厳がありました。一方で、家族全員の名前や洋風の表札の家には親しみやすさ、気楽さを感じました。

また建築家に依頼したらしいコンクリート打放しの家が何軒かありましたが、このうち一軒には表札がなく、外壁に直接ローマ字で姓を刻んでありました。さらに「since2000」といった具合に、家を建てた年号を西暦で彫付けてあったのです。これはヨーロッパの商店の看板のまねで、本来は百年単位の老舗がすることなので、かの地の人が見たら奇妙に思うかもしれません。しかし、希望どおりの家を建てた建て主のライフスタイルへのこだわりや意気込み、記念碑的な意味合いが感じ取れて楽しいものです。

表札でわかる家意識と住まい観

表札の中には達筆すぎたり、漢字の古い字体にさらに自己流のデザインを加えたりして読めないものがあります。このことからも、表札が訪問者や郵便配達の便という実用一点張りのものでないことがわかります。○○と姓だけ記された重厚な表札を見ると、○○さんが住む家というよりは、「ここは○○家です!」と主張する声が聞こえてくるような気がします。つまり、家意識の強さを感じるんですね。

戦後、民法の改正によって戸籍が変わりました。夫婦とその未婚の子どもが戸籍の単位となり、大家族が核家族化する原動力となったのです。そして今、戸主が家長としての絶対的権威をもち、長男が独占的に財産の相続権を握っていた家制度は、形の上ではなくなりました。でも、意識の上では生き長らえています。上流・中流にかかわらず、結婚といえばいまだに家と家とのものであり、葬儀は○○家のものなんです。

こうした家意識を空間的に表示しているのが家のたたずまいであり、玄関や門構えであり、そこに掲げられた表札です。現代は伝統的な家意識が生き残っている住宅より、個々の家族のための住まいが圧倒的多数です。家全体がかもし出す雰囲気とともに、表札のありようもまた、各家庭における家意識の「残存量」を示すバロメーターであるといえます。

「寓」の家

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妻よりも妾(めかけ)の多し門涼み
正岡子規の俳句です。明治25年、子規は母親や妹とともに東京・根岸に越してきましたが、当時の根岸は多くの文人墨客(ぶんじんぼっかく)が移り住み、豪商の別荘、別宅も多い土地柄でした。別宅とはつまり妾宅(しょうたく)のことで、この俳句は夕暮れ時の根岸のちょっと艶っぽい光景を詠んだものです。ふつうの奥さんなら夕飯のしたくで忙しい時分に、門のところに出て夕涼みしている女性の姿を彷彿とさせます。こうした妾宅に表札があったかなかったか、気になるところです。

さて、『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』などテレビドラマの演出家であり、作家としても知られる久世光彦(くぜてるひこ)さんのあるエッセイの中に、表札にまつわるエピソードがあります。戦前、久世さんがまだ子どもだったころの話。近所で「山田寓」とか「佐藤寓」といった表札をちょくちょく見かけることから、「このあたりは寓(ぐう)という名前の人がずいぶん多いのだな」と思っていたというのです。

寓とは寓居(ぐうきょ=仮の住まい)のことで、「この世は仮の宿り」という日本人の住まい観を物語る言葉です。「ここはほんの仮住まいですよ」という謙虚さと粋がこめられているのです。戦前の日本は良質な貸家が豊富で、暮らしぶりの変化に応じて柔軟に住み替えるのは当たり前でした。だからこそ、こうしたセンスも成り立っていたのかもしれません。

私が住んでいるのは戦前からの住宅地です。今回、絶滅に瀕した「寓」の家を二軒も見つけました。一軒は古い木造家屋で、もう一軒はお屋敷でした。やはり「寓」がふさわしいのは、小さいながらも凛とした和風家屋だと思います。ちなみに、私の部屋の表札は空白のままです。この機会に「さかもと寓」とでも記してみようかと思いましたが、1DKのアパートではしゃれになりませんから、当分名無しのままでいることにしました。(終)

【参考文献】

『日本の家 空間・記憶・言葉』(中川武著・TOTO出版刊)

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