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私は旅行が好きでたまに旅館に泊まります。大きな座卓に座椅子が並び、床の間にはテレビと金庫…。旅館に来た!という気になりますが、あまり風情は感じられない、そんな部屋に泊まることが多いのです。
そこである時フンパツして、某老舗旅館に泊まりました。磨き抜かれ掃き清められた室内は凛として、流れる時間も空気もいつもとは違います。床の間には季節の花と掛け軸。格式ある中にももてなしの心が感じられ、床の間に興味シンシン! となったわけなのです。
私は形から入るタイプですので、まずは正式とされる「本床(ほんどこ)」を例にとり、床の間の形式から見てゆきましょう。
「本床」には一段高い床に畳や床板(とこいた)が敷かれ、床框(とこがまち=畳や床板の切り口を覆う飾りの横木)が付いています。上部には床框と平行に落とし掛けがあり、その上が小壁です。「書院床の間」には本床の左右に障子窓(書院)と飾り棚(床脇)が設けられ、床の間と床脇のあいだに床柱が置かれます。
ほかに「本床」をやや略した床框のない「蹴込み床」や、さらに略した形の「踏込み床」があります。これは段がなく、畳と床板が同じ高さにあるのです。その他「洞床(ほらどこ)」「袋床」「織部床(おりべどこ)」「釣床」「置床」などたくさんのスタイルがあります。
床の間の原型は室町時代以前の僧侶の住まいに見られます。壁に仏画を掛け、その前に机を置いて三具足(さんぐそく=香炉や花瓶、燭台)を並べたのが始まりです。室町時代の初めにはこれらを造付けにした「押板(おしいた)」が登場し、武家や貴族に広まりました。
「押板」とは厚い板を畳の上に取付けた床(とこ)のことです。当時、上流階級の間で唐物(からもの=中国の絵画や工芸品)を珍重し、飾るのが流行していました。彼らは押板を鑑賞用にし、床脇(違い棚や袋戸棚)や書院にまで唐物を競って飾りました。
書院は僧侶がお経を読むための机と採光用の障子窓をつけたもので、もともと書院も床脇も別の部屋にあったのですが、床の間と一体化し、実用から装飾へと変化してゆきました。武家や貴族に広まったこのような「書院床の間」に、茶の湯の流行にともなって材料や意匠に自由な発想を取り入れた「数奇屋風書院床」が登場、庶民にも広まったのです。
押板が床の間に発展していく過程には不明な点も多いのですが、貴人の坐る床を一段上げた「上段」にも床框が見られること、畳は人の坐る場に敷かれるものであることなどから、「押板」と「上段」が一体化して床の間になったとする研究者もいるようです。また千利休が秀吉を床の間に坐らせたという話が伝えられており、茶室の床の間が上段を兼ねることもあったと考えられています。
かたい話はここまで。「床柱を背負って坐る」といいますよね。床の間の前が上座という決まりなので、たまに改まった席に出ると目上の方にここをおすすめするのですが、「せっかくの床飾りが見られない席がなんで上座なの?」といつも疑問に思っていました。中には上座を辞退して「床の間が見えるところに坐らせてもらいますよ」という方もあります。茶室ではこんなことはないそうで、床の間が上段を兼ねた封建制の名残が影響しているのでしょう。戦後の一時期、坐る位置によって人間を格付けする床の間が封建的だと槍玉に上げられたことがあるそうです。今となっては隔世の感があります。
「しつらい」という言葉を知りました。行事や催し事、ふだんの暮らしの中で季節や目的に合わせて空間を演出するために、調度や飾り物を整えることをいうのだそうです。私は一人暮らしの部屋に花やてのひらにのるくらいの小さな雛人形、ミニ・クリスマスツリーを飾ったり、鏡餅やお月見のお供えしたりと、ささやかな「しつらい」を楽しんでいます。床の間があったらなぁと思うこともありますが、玄関の白い下駄箱の上や黒いテレビの上を床の間に見立てて飾って楽しんでいます(せめて出窓のある部屋を借りればよかった!)。
床の間は季節感を表現し、感性をみがく場だと思います。客間に通されたら床の間に目をやり、自分のために生けられた花や掛け軸に興味を示す。その家の人に対する礼儀ですよね。将来、結婚相手の家を初めて訪問する時なんかに、そうしてみようと思います。(終)
【参考文献】
『床の間の意匠と工法』(鶉 功著・理工学社刊)
『物語ものの建築史・床の間のはなし』(前久夫著・山田章一監修・鹿島出版会刊)
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